那須温泉神社の歴史は古く那須温泉神社の名が初めて見えるのは貞観5年(863年)の「三代実録」で、延喜式(平安時代)神名帳にも上撰されている由緒ある神社です。
延喜式とは延長5年(927年)にまとめられた書巻で、当時のオフィシャルな「官社」に指定された神社の一覧表のことです。
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平安のゴルゴ13と言われている |
那須与一は源平争乱の「屋島、壇ノ浦の合戦」で、平家方の小舟の扇の的を射抜いた、矢の名手です。彼は凱旋の後その神恩の深いことを謝して、大社殿を寄進してその誠を表わしました。その他鏑矢、蟇目矢、征矢、桧扇を奉納しました。三番目の鳥居も余一が奉納したものです。
与一は不幸にして24歳の短命で世を去りましたが、那須氏は代々厚く温泉神社を崇敬して慶長年間に至りました。